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前橋地方裁判所高崎支部 平成9年(ワ)35号 判決

原告

鶴商文庫こと靏巻敏幸

右訴訟代理人弁護士

上野猛

被告

右代表者法務大臣

臼井日出男

右指定代理人

黒澤基弘

須藤哲右

中山哲一

山畑昌子

川田一夫

瀧野嘉昭

今泉憲三

齋藤隆敏

被告

藤岡商工会議所

右代表者会頭

竹村省

右訴訟代理人弁護士

戸所仁治

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金一一五六万四三九六円及び内金七八五万四二〇〇円に対する平成八年二月八日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告国)

1 原告の被告国に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 担保を条件とする仮執行免脱の宣言

(被告藤岡商工会議所)

1 原告の被告藤岡商工会議所に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告と被告藤岡商工会議所との間の委任契約及び従前の申告納税状況

原告は、「鶴商文庫」(以下「本件店舗」という。)の名称で食堂を経営している者であるが、昭和六〇年ころから、被告藤岡商工会議所に対し、年間二万円の手数料を支払って、原告の税務申告手続業務を委任していた(以下「本件委任契約」という。)。原告が被告藤岡商工会議所において申告手続を行う場合の作業の手順を見ると、まず、原告が、売上伝票、仕入領収書等を被告藤岡商工会議所の担当者に持参し、その後担当者が決算書類、申告書を作成して原告方に持参し、原告の押印を得て、被告藤岡商工会議所を通じて一括して税務署に提出していた。原告は、平成二年分から平成六年分(以下「本件各係争年分」という。)について、別紙一覧表(一)の申告所得額欄記載の青色所得申告をし、同一覧表(一)の申告納税額欄記載の所得税及び同一覧表(二)の申告額記載の消費税を納税した。

2  被告国の国家賠償責任

(一) 手続的違法

藤岡税務署所得税係常木孝彦(以下「常木」という。)は、原告の本件各係争年分の所得税及び消費税について過少申告があると認め、平成八年一月八日ころ、本件店舗を訪れ、原告に対し、右各係争年分の所得税及び消費税について修正申告をするように勧めた。すなわち、常木は、同人によって記入済みの修正申告書用紙及び青色申告決算書写しを持参して原告に提示し、「二種類計算方法があるが、安い方で計算してある。これで異議があるなら徹底的に調べるので、この金額ではおさまらない。金額が大きいので、上の者には七年遡るように言われているが、自分が押さえ、五年間にするから過少申告を認め、修正申告をして一筆念書を書くように。」などと言った。

原告は、常木の右言動により、同人の言うことに従わなければ、高い金額の方法で税額が計算され、しかも七年間分追徴されると思い込み、恐怖心を覚え、気が動転し、同人の指摘する金額が正確か否か考える余裕もなく、修正申告書に署名押印させられ、同日、本件各係争年分の修正申告書を提出するに至った。

常木の右行為は、原告に修正金額の正誤、妥当性を検討させる余裕も与えず、原告の無知に乗じるとともに脅迫的言動により為されたものであり違法である。

(二) 内容的違法

常木の示した修正売上額は、別紙一覧表(一)の修正売上額欄記載のとおりであるが、原告の営業規模、売上に対する所得率等に鑑みれば、右金額が過大であることは明らかであり、また、右修正売上額は、資料に基づかずに、常木が不当に算出した本件店舗の平成七年一月から一一月までの売上原価率に基づいて推計による方法で算出されたものであるから違法である。

(三) 右常木の違法行為により、被告国は、原告に対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償義務を負う。

3  被告藤岡商工会議所の債務不履行

(一) 原告は、平成八年一月九日ころ、被告藤岡商工会議所中小企業相談所の若生勤(以下「若生」という。)に対し、原告が税務調査の対象となり、本件各係争年分について修正申告させられたこと、修正申告税額は約八五〇万円となるほか、重加算税が課されること、右修正申告について不満であることを話した。

(二) このような場合、被告藤岡商工会議所としては、原告に対し、本件委任契約により委託を受けた決算代行に付随する義務として、税理士に相談したり不服申立てをすることを勧めるなど、適切な助言や指導をする義務があるにもかかわらず、同被告はこれを怠ったものであり、右不作為は、本件委任契約の債務不履行となる。

4  共同不法行為の成立

被告らの右2及び3の損害賠償債務は共同不法行為として連帯債務となる。

5  原告の損害額

原告は、被告らの違法行為の結果、次のとおりの損害を被った。

(一) 原告の申告納税額と修正納税額の差額(別紙一覧表(一)のとおり)相当分合計 七八五万四二〇〇円

(二) 右(一)に対する平成八年一月八日から同年二月七日まで年七・三パーセントの割合による延滞税相当分 四万八六九六円

(三) 右(一)に対する同年二月八日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による延滞税相当分

(四) 重加算税相当分 二九七万一五〇〇円

(五) 消費税(別紙一覧表(二)のとおり)相当分 六九万円

6  よって、原告は、被告国に対しては、国家賠償法一条一項に基づき、被告藤岡商工会議所に対しては、本件委任契約の債務不履行に基づき、連帯して損害賠償金一一五六万四三九六円及び内金七八五万四二〇〇円に対する平成八年二月八日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払うことを求める。

二  請求原因に対する被告国の認否

1  請求原因1の事実のうち、原告及び被告藤岡商工会議所間の委任関係は不知、その余は認める。

2(一)  同2(一)の事実のうち、常木が修正申告書用紙を持参したこと及び原告に藤岡税務署長に対する申述書の提出を要請したことは認め、その余は否認する。なお、常木が持参した修正申告書用紙には、修正申告前の課税額(確定申告の課税額)及び修正申告額の所得から差し引かれる金額(扶養控除等の所得控除額)欄のみが記載してあり、修正申告に係る収入金額、所得金額、税額及び申告納税額の各欄の記載はなかった。

(二)  同2(二)の事実のうち、常木の示した修正売上額が別紙一覧表(一)の修正売上額欄記載のとおりであることは認め、その余は争う。

(三)  同2(三)の事実は否認する。

3  同3の事実は認否の限りでない。

4  同4及び5は争う。

三  請求原因に対する被告藤岡商工会議所の認否

1  請求原因1の事実のうち、原告の本件各係争年分の申告内容については不知、その余は認める。

2  同2の事実は不知。

3(一)  同3(一)の事実は否認する。原告は、平成八年一月九日ころ、被告藤岡商工会議所の若生に対し、過去何年か遡って修正申告をさせられたこと、税理士の知人がいるので相談するという話をしただけである。

(二)  同3(二)の事実は否認する。被告藤岡商工会議所が原告から委託を受けている事務手続は決算代行であり、その内容は、原告が持参した一年分の伝票や領収書類を集計し、その集計に基づき決算書類と申告書を作成した上、原告から申告書の申告者欄に捺印してもらい、同申告書の計算について税理士の確認を経て、申告書類を税務署に提出することのみである。したがって、委託に係る事務手続は同被告が申告書類を税務署に提出した時点で全て終了し、それ以後のことについては、債務不履行責任を負うことはない。また、そもそも修正申告に対して異議申立てをすることはできないのであるから、異議申立てすべく指導・助言する義務はない。

4  同4の事実は否認する。

5  同5の事実は不知。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(原告と被告藤岡商工会議所との間の委任契約及び従前の申告納税状況)について

請求原因1の事実のうち、原告が本件店舗を経営している者であることは当事者間に争いがなく、その余の事実については、証拠(甲一、三の1ないし5、一二の1ないし3)及び弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

二  請求原因2(被告国の国家賠償責任)について

1  被告国の行為の手続的違法(請求原因2(一))について

(一)(1)  原告は、常木から受けた脅迫的言動の内容について、要旨、請求原因2(一)記載のとおりの供述をしている(甲一、原告本人)。

他方、常木は、要旨、平成八年一月八日、原告方を訪れた状況について、事前に原告に依頼していた本件店舗の売上除外額、売上原価率及び本件各係争年分の正当売上金額の検討結果を原告に確認した上、これらに基づいた売上金額及び所得金額を原告に提示し了承を得、持参した修正申告書用紙の修正申告額欄の空欄部分に各金額を記入して原告に提示し、原告は、自ら右各修正申告書に署名押印して常木に手渡し、修正申告に係る納税をする旨述べた、その際、常木は、原告に対し、取引先金融機関の通帳に入金された金額に基づいて売上金額を計算することもできる旨説明し、また、帳簿書類は七年間保存するようにと指導した、脅迫的な言動はしていない旨供述している(乙三、証人常木)。

(2)  そこで、各供述の信用性を検討するに、原告は、平成七年一二月八日、常木らによる税務調査を受けてから、平成八年一月八日、常木が原告方を来訪し、常木が試算した修正後の売上金額等を示すまでの間に、非協力的な態度を示すことはなく、常木においても、前記の間、原告に対し殊更威圧的な態度をもって税務調査に臨んだ様子は認められないのであって、常木が原告に対し、修正申告に応じさせるためにあえて脅迫的な言動まで用いる必要があったとは考えにくい。また、原告は、修正申告した翌日ころ、被告藤岡商工会議所を訪れた際、脅迫的な言動を受けたことを明らかにして、その対処を求めることはなく、かえって、納税資金の調達方法を思案し修正申告に基づいて納税する態度を示している(以上、甲一、乙三、証人常木、原告本人)。

さらに、原告の前記供述内容は、修正申告後に相談を受けた税理士が説明を受けたとする内容(甲二号証)とも必ずしも符合せず、法廷での供述態度も曖昧な点が見受けられる。

これらの事情に照らすと、原告の脅迫的言動に関する供述は信用しえないのに対し、常木の証言は、前記認定の事実に照らし、合理的である上、その供述内容は一貫し、反対尋問によっても動揺することはなかったのであって、その信用性を肯定してよい。

(3)  そうしてみると、平成八年一月八日に常木が原告に示した内容は、常木が証言する内容のとおりであったと認められるところ、その内容自体、告知された相手方に対し、畏怖を生じさせるに足りるものとは評価できない。

(二)  次に、原告は、常木が修正金額の正誤、妥当性を検討させる余裕も与えず、原告の無知に乗じた旨主張するが、前掲各証拠によれば、原告は、税務調査継続中の平成八年一月五日、常木から推計による計算についての説明とその検討の依頼を受け、その三日後には、自ら常木に来訪を要請し、来訪した同人に対し、その推計方法が合理的であるとの態度を示していたものであり、また、常木は修正の必要性及びその内容についても十分に説明し、原告に対し修正申告をするように勧め、原告はこれを理解し、自らの意思で常木の教示した内容に従って確定申告に及んだものであって、本件全証拠をもってしても原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

(三)  したがって、被告国の行為に手続的違法があったとの原告の主張は理由がない。

4  次に、被告国の行為の内容的違法(請求原因2(二))の有無について検討する。

(一)  原告が、常木に故意又は過失があった旨主張しているかについては、判然としないところであるが、右主張が黙示的になされているものと善解して、以下判断する。

(二)  証拠(甲一、三の1ないし5、乙一ないし三、証人常木、原告本人)によれば、常木は、原告に対する税務調査の過程で、本件各係争年分の所得税及び消費税について過少申告の疑いがあると認めたものの、原告が税法上の保管義務に反して右期間分の売上帳等の帳簿書類の大半を保管していなかったことから、常木は、わずかに提出を受けた平成七年一月から十一月までのレジペーパーを集計した売上金額と仕入帳(支出帳)を基礎資料として税額計算を試みることを余儀なくされていたところ、常木は、仕入金額の把握に当たり、原告から、仕入れの計上漏れはなく、買掛金は少額である上、毎年ほぼ同額であることから影響はないので経理処理していない旨説明を受けた上、右提出資料から把握した仕入金額により平成七年分の売上原価率を算定し、右売上原価率に基づいて本件各係争年分の売上金額を推計するという方法を最も合理的な推計の方法として採用し、原告は、常木から右算定方法についての説明とその検討の依頼を受け、自らもその推計方法が合理的であるとの態度を示したうえ、修正申告に応じたことが認められる。

(三)  常木が推計方法を採用した経過は右のとおりであるところ、仮に本件で採用された算定方法の相当性について疑義を差し挟む余地があったとしても、常木に故意のみならず、過失があったことを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。

したがって、原告の主張は理由がない。

5  以上のとおりであるから、原告の被告国に対する請求はその余の点について検討するまでもなく理由がない。

三  請求原因3(被告藤岡商工会議所の債務不履行)について

1  本件委任契約により被告藤岡商工会議所の負う主たる債務の内容は、同被告が原告の税務申告手続を代行することと解され、このような契約の受任者としては、委任者である原告から請求原因3(一)の話をされたとしても、そこで話題になった修正申告の原因が、請求原因2(一)記載のとおり過少申告の点にあり、税務申告手続自体の瑕疵に由来するものでない以上、請求原因3(二)記載のような「適切な助言や指導をする義務」を、前記主たる債務の付随義務として負うに至ると評価することはできない。

2  以上のとおりであるから、原告の被告藤岡商工会議所に対する請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上薫 裁判官 渡邉英敬 裁判官 澤井知子)

別紙

一覧表(一)(所得税関係)

〈省略〉

別紙

一覧表(二)(消費税関係)

〈省略〉

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